非ぃ不ぅ未ぃからはじまる

Pure Bitch in Amaの主犯格どぇーす。

拭えぬ不穏

 

 

場面は安木が友人である加賀に借銭を受け取るところから始まる。

 

そもそもその日、安木は父親のコネで日雇いの土方仕事に赴く予定であった。よってその前日は早い時間から布団に入り、眠ろうとした。が、平生、陽が昇る時間帯に眠り、陽が暮れる頃合いに目が覚めるという不働者にありがちな生活リズムをとっていたので、眠れる筈もない。そこに追い撃ちをかけるかのように、彼の隣室からは実弟の、深夜にも関わらず、甚だ無神経な、何らかの発達障害を疑わざるを得ぬレヴェルの大声をその電話越しに発していた。

これでもう安木は明日の出勤は不可能だと覚った。彼の中で、不眠状態での労働はあり得ない。

彼は父親のメンツとこれからの生活立て直しの兆しが丸潰れになることを想い、少しの間苦悩したが、仕方がない。

彼は一階に降りてゆき、その置き手紙を、今回の出勤不可の因をすべて実弟のせいにした旨のそれを書き殴り、リビングのテーブルに残し、また自室へと戻るのであった。

 

それから、たっぷり10時間眠り、夕暮れどきに目を覚まし、いつも通り何をしていたかも思い出せぬような時間を深夜までもてあました。

そして、場面は冒頭に至る。

 

 

安木はそのイマイチ呂律の回りきらぬ口調から加賀が酒を飲んでいるのだと感じた。ふと、彼の指に目をやると銀光りの物が見えたので、直前まで女と酒でもやっていたのだろうと思った。

千円札を一枚受け取り、加賀と別れ早速ローソンへと向かった。その日、微塵たりともそれを摂取していなかった彼にはニコチン補給が最優先かつ最重要事項であった。加賀への借銭もそれが由である。

 

 

目的地のコンビニまで自転車を走らせていると、不穏な感覚に襲われた。持病の発作の予期不安であった。

晩冬のその夜、生温い風が吹いていた。気温のほうも、ジャンパーを羽織らずに家を出たぐらいである、完全に春のそれであった。

彼にはこの生温い風が些か不快であった。つい、こないだまでの凍てつくような、突き刺すような夜風と打って変わっての、このぬるい風が不快であった。

そして彼はふと思い出した。初めて自分がパニックの発作に遭ったのもちょうど、晩冬のこの季節であった。

その夜も確か、慣れない気持ちの悪い、生温い風が吹いていたのだ。

そしてその時もまた彼は二輪に跨り、夜道を走らせていた。

そのことを思い出し、また彼の脳裏に不穏な影が忍び寄る。

そして、彼はその予期不安という名の妄想を圧し殺し、目的地までの道を急ぐのであった。

 

 

こんな病気に罹ったら最後、幸せになどなれないのである。別に精神病にだけ言える話でもない。

以前、テレビのドキュメンタリーでたまたま見かけた化学物質過敏症の罹患者だって同様だ。洗剤や柔軟剤、または農薬などに存在する化学物質に過敏に反応し、身体及び精神に異常をきたす。そして、年百年中装着している何重にもかさねているらしいあの分厚いマスク姿は、何とも云えぬ悲壮感を漂わせている。その症状を恐れ、人混みには出れぬし、電車にだってロクに乗れない。そんなままならない日常生活では、家庭とて崩壊しかねない。仕事だってままならない。

 

 

安木はローソンでマイルドセブンとレーニアを購い、店を出た。

彼は途方どころか、自身の生をも、暮れているように思えた。

彼は店前の灰皿の傍を陣取り、その日初めての一服にありついた。今の彼にとって即席かつ束の間の心の平穏にありついた。